「驚いた顔はみな同じです」 マジシャンのはなし


皆さんは、いまどんな職に就いておられるだろうか。

サラリーマンであったり、公務員であったり。専業主婦や学生だって職業かもかもしれない。これまで、駅前に立つ漫談師や数学者といった職業の方々を紹介したが、身近に存在しない職として「マジシャン」ほどのものは無いだろう。

華麗にシャッフルされるカード、美しく光るコインやカップ、繊細な手先…。炎が宙を舞い、レモンの中からサインされたお札が出てくる。

昨今の「マジックブーム」の中心として活躍している、クロースアップマジシャンの関根純一さんは、プロになって15年、これまでに多くの大会で賞を受けた実績がある。今回、お話を伺った。

「マジックは、英語で言えばmagicで、魔法や呪術の意味もあります。でも、日本語では奇術といえばそれだけ。英語圏と日本は、同じ「マジック」に対しても考え方が違うんです。だから、日本人にあったマジックを披露することが大事」と言う。

マ ジックといえば、これまで「親指を動かす」くらいしか知らなかった私だが、この話は思い当たる節がある。記者仲間で国際交流をしたとき、アメリカの記者が 教えてくれたことがある。「spell(綴る)」には「魔法を掛ける」という意味があるそうだ。「magic」も、本物の魔法の意味がある。

関根さんは「でも、お客様は賢い。マジシャンが演るのは、魔法じゃないことを知ってます。だから、マジシャンはいかに『不思議がらせるか』ではなく『楽しませるか』に重点を置いています」と続けた。

そう言えば―。関根さんのマジックは楽しかった。もちろん、飛び切りの不思議であるのだけれども、「なんでー?タネはー?」という感想よりも「楽しいなぁ」と零れる感覚。観ていると、こちらは時間を忘れて見入ってしまう。これもまた、magic。

これまでマジックを観れば、「どうだ、不思議だろう」といわんばかりのマジシャンの態度にうんざりしてきた私にとってかなり衝撃的な出来事だった。

なぜだろう、そう考えると、関根さんの人柄が一番だと思う。上品で、気配りを感じるさりげない仕草。ところどころに隠れるジョークは、関根さんだけにしか出せない。でも、本当はかなりのテクニックをお持ちなのだろう…などと邪推してしまう。

「僕 は、それぞれ違ったお客様の驚いた顔を、一年に5000回ほど見ます。 でも、皆さん同じ顔をして楽しんでくださる。人間の根本を見たような、マジシャ ンだけの楽しみかもしれません。 どんなにエライ方も、小さなお子様も、やっぱり同じ人間なのだなぁ、って。 それが見たくて、つまらない練習もこなせて しまえるのかもしれません」

続けて、こう言う。

「言い方が悪ければ『騙されるよりも騙すほうが楽しい』…。でも、あくまで『もてなす』のがマジシャンの仕事ですから。『マジシャンのタブー』は、数百個もあります。そのほとんどが、観客に対するマナーです」

マジシャンの世界の一端、マジック国の憲法を聞いたような気分だ。たった一枚のコインを消すのでも数百の方法があるというが、それ以上にもてなす方法がこんなにある世界だとは。

芸能である以上、観客が存在してのマジック。それが成立するには、やっぱり優れた演者・マジシャンと一緒に優れた観客も必要だと、ふと思った。「タネは?」「絶対見破る」などと連呼するよりか、マジシャンの用意した不思議な世界の旅行計画に任せたほうがよっぽど楽しいのではないかな…とも。

最後に、関根さんがまたマジックを見せてくれた。でも、これから見る方と関根さんの楽しみを奪ってしまうから、あえて書かない。いつか、氏の不思議な現象見終わったときこう言うだろう。「楽しいなぁ」と。

「騙されたと思って、マジックを観てみてください。きっと、騙されますよ」こんな言葉が嫌味に聞こえないマジシャンって、素晴らしい。